平成20年5月17日,18日と
遅いGWをいただきました。


今回は新型フェリーに乗りたくて 函館から出発です。・函館山を後に スピードを上げます。
操縦席を見せてくれませんか と お願いしましたが さすがに断られました。途中 同じ型のなっちゃんワールドとすれ違います。スピードは感じられませんが 船内のGPSでは30ノットでした。
2等船内は 飛行機のようなイスが並び、席が指定されますが、横と前などには 自由に座れるラウンジがあり、快適です。
青森に近づくと 右手には ホタテなのか、ボンデン玉が多数浮かび、漁師の網の旗竿なのか、たくさんのブイの間をギリギリに進みます。途中、濃霧が立ちこめ、フェリーは25ノットに減速して、霧笛をひんぱんに鳴らして 漁船、遊漁船ボートを避けて進みます。
青森にボートで行くには 相当の注意が必要のようですよ。
いよいよ青森着で 車に乗り込みます。娘の車の初心者マークが不安をあおりますが、事故ったら それまでの人生 心配しても切りが無く、今回はナビに徹します。。
前の車の後について下船、一路 高速道路東北道へ向かいます。

PS さっきHさんから このフェリーの写真が届きました。先日乗ったそうで とても きれいに写っています。



高速を2時間も走ると 盛岡、昔自転車旅行で越えた仙岩峠もトンネルになっていて
トンネルを 抜けるとそこは秋田であった

秋田県 角舘
今回は秋田角舘 武家屋敷の旅というか、、、、、、親父の生まれた実家が角舘で 去年の法事にでれなかったので、お詫びの訪問です。
300年前の武家屋敷がそのまま残っています。明治維新の時には官軍側で 戦火に遭わなかったとか、
下の写真は武家屋敷の配置図で右が一般の上級武士の家で 左下がお目付役などの偉い人だそうです。
父親の先祖は 「ばくろう」 と聞いていましたので 馬を農家から買って 売っていたのかなと思っていたら、武家屋敷そばの表通りに 穀物販売、養蚕行の店を出して居たんだそうです。私としては 「ばくろう」 の方が夢があって 好かったんですが、、、、、(笑)
今も赤↑のその場所に いとこが住んでいて 家系図を見せてくれましたが 昨年の法事は280年忌だそうで、一番古い記録は 享保14年(1729年)と書いてあるから徳川吉宗の時代で いとこは そこから7代目に当たるそうです。
すばらしい庭で 日溜まりに寝ころぶと 山本周五郎 藤沢修平などの時代小説で知る江戸時代の様子が浮かびます。
肥前国出羽守藤原行廣です。時代小説に出てくる刀に似た名前です。
これで 時代小説が ますます おもしろくなりますよ。(笑)


次の日

朝4時に布団を抜け出し、武家屋敷通りを歩いてみました。さすがに誰も歩いていません。 ゆっくり歩いていると 通りの影から 武士が現れるような そんな 期待感がありました。
朝日が差してきました。江戸時代と 同じ風景です。
続いて 高速道を100キロ南下して、平泉まで走り 中尊寺に行って来ました。「五月雨の 降り残してや 光堂」です、。
昔から 何回も訪れる大好きな場所です。杉並木の山道を歩いて上がってくる雰囲気がなんとも言えませんねえ。でも 光堂のまわりは きれいな観光地になりきってしまって、昔の横の空き地の夏草ボウボウの風情も無くなっていました。
金色の中尊寺光堂には、あまり興味が無いので 中には入らず、 近くのこんな古いお堂で のんびり時間を過ごすのが好いですね。 「夏草や兵どもが夢の跡」 、、、、いくら偉くなっても いくら金を稼いでも 必ず 死んでしまって 夏草になってしまう というのが おもしろい処なんですね。
坂の下の駐車場の横に 食堂があって、ナンバーを見たのか 客引きのおばちゃんに 「おやっ 室蘭から来たんですか、鈴蘭がきれいなんでしょ」 なんて 上手に誘われて 一度 食べたかったワンコそばを楽しみました。
帰りは 八戸まで2時間 高速を走り 午後5:30発のシルバーフェリーで苫小牧午前1時に着きました。ヤマセで船が少し揺れ 船酔いしたようです。
参考までに 走行距離900キロ、フェリー函館青森60マイル 6m未満何人乗ってても2万円割引中、八戸苫小牧 135マイル 4m未満車両21000円でした。






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